アーバインの新リンクとラファエル・アルトゥニアンコーチの夢

アーバインの新リンクとラファエル・アルトゥニアンコーチの夢

コロラドに続く第2のトレセン建設へ

先日(現地時間8月9日)、南カリフォルニアを中心としたメディアの記者であり、主にNHLのアナハイム・ダックス(Anaheim Ducks)をカバーしているエリオット・ティフォード記者がアーバインに建設中の新しいリンクを視察した記事がでた(注1)。アナハイム・ダックスの本拠地はSOIや来年の四大陸選手権でも使われるアナハイムのホンダセンターである。

アーバインに米スケート連盟がコロラドに次ぐ第二のトレーニングセンター(以下トレセン)を建設し、そのトレセンの責任者にラファエル・アルトゥニアンコーチ(以下ラファ)が就任する話はかなり前から出ていた。スケート連盟の会長職を4年間務めたSamuel Auxier氏が退くにあたり、5月4日付のIcenetworkのハーシュ記者のインタビューでも以下のように述べている。この記事はIcenetwork閉鎖に伴い現在削除されているが、ハーシュ記者の個人ブログに残っていたのでそちらを参照されたい(注2)

まず、話を進める前に地図で現在のチームラファの本拠地レイクウッド、ホンダセンターのあるアナハイム、そしてこれから話に出るアーバインの位置関係を見ていくと下記のような関係にある。

 

米のフィギュアスケートの現状と目指す改革

アメリカはこの10年アイスダンスではジュニア、シニア共に大きな成果をあげてきたが、それ以外のカテゴリーでは2006年以来15回の世界大会で、オリンピックで1つのシングルスのメダルを獲得し(エヴァン・ライサチェクの2010年の金メダル)、ワールドでは4つのシーズン(2009年ライサチェク、今年はネイサン・チェン、2008年ジョニ・ウィアー、2016年アシュリー・ワグナー)で獲得したに留まっている。2012年以降女子シングルではジュニアワールドでメダルを獲得しておらず、2013年以降はジュニアグランプリファイナルでも女子はメダルを獲得していない。ペアに関してはワールドまたはオリンピックで2012年以降7位以上の成績を収めておらず、ついに2019年のワールドでは1枠になってしまい(1957年以来初)大変な危機に陥っている。そのことを念頭にハーシュ記者が元会長にインタビューしたものである。

他国に比べ競争力が落ちた原因の一つとして10-12年前の理事会で juvenilesクラス(12歳以下)は2Aを制限するという流れになったことをはじめ、卓越した才能を重視せずに共通点に重きを置くような政策を進めたことがあげられている。特にジャンプに関しては少年少女への規制を他国並みに緩和することで世界の流れから遅れていたのを取り戻そうと、 Auxier氏が会長に就任以来4年間で主に少年少女クラスに対して様々な改革を行ってきた。注3にいくつかの改革については記しているので参照して欲しい。彼がこの改革の必要性を強く感じたのは、JGPFでジャッジをした時に日本とロシアの女子選手のスピード、エッジ、流れに衝撃を受けたことも一因になったようである。

(注3)ノービスクラスの下の年齢の選手に関しては世界標準のルールではなく各国独自のルールが適用されているようで、米国では過去に12歳以下の選手に適用したルールが選手育成の妨げになったと考えたようだ。例えば、少年クラスにトリプルジャンプを規制したり、ISUのルールそのままに転倒の場合の減点1を一番下のクラスまで適用。その結果、この重いペナルティにより高難度ジャンプにトライすることをやめるようになった。4年前に一番下の2クラスにはこのペナルティをやめて、トリプルジャンプにはボーナスも追加した。また、コンポーネンツスコアをこれまでの5から3に減らし、よりスケーティング・スキルのウェートを高くしたなどの改革をやってきたとのこと。

 

Work continues on the new Anaheim Ducks facility at the Great Park in Irvine, CA on Thursday, August 9, 2018. The 270,000-square-foot facility will have four rinks. (Photo by Paul Bersebach, Orange County Register/SCNG)

その改革を支える施策の目玉の一つが上述した第二のトレセンをカリフォルニア州のアーバインに作ることであった。これはアナハイム・ダックスが中心となって進めているグレートパークと呼ばれる一大スポーツ施設の一部を米フィギュアスケート連盟が共同で運営する方式のようである。当初2018年6月に完成予定だったが、最終的には2018年12月に完成、2019年1月から利用できるようだ。このトレセンでラファは責任者としてアカデミーを開設し、今後はコーチの育成をメインにやっていきたいことを先日のTSLのインタビューでも話していた(注4)

アーバインのリンクの概要

新しいアーバインのリンクは4面あり、アイスホッケーやカーリング、ショートトラック、スピードスケート、スレッジホッケーなどでも使う予定だが、メインはアイスホッケーとフィギュアスケート。では、上述したティフォード記者の記事(注1)を元に新しいリンクを見ていこう。

建設が進む新リンク

Work continues on the new Anaheim Ducks facility at the Great Park in Irvine, CA on Thursday, August 9, 2018. The 270,000-square-foot facility will have four rinks, including the Five Point Arena that will seat 2,500 spectators. (Photo by Paul Bersebach, Orange County Register/SCNG)

施設はカリフォルニア州で最大規模の27万平方フィート、2500席のアリーナを含む4つのリンクからなり、そのうち3つはホッケーサイズ、1つはフィギュアの五輪サイズである。総工費1億4千万ドル。アナハイム・ダックスの練習施設として使われるほかUSスケート連盟の施設としての役割を果たし、ホッケーのユースチームの試合も行われる予定。リンクの他、フルサービスのレストラン、チームストア、プロショップ、トレーニング施設も敷地内に併設される。

グレートパークと呼ばれるこの施設は、旧海兵隊航空基地の敷地内に建てられ、既にサッカー、テニス、バレーボールの施設を備えており、アーバイン市のコミュニティにとっても重要な施設となる。

着々と建設が進む新施設

では、このリンクができて連盟の第二のトレセンを任されるラファはここでどんな計画を持っているのだろうか。まず、このトレセンの規模だが、元会長の話によると、コーチ20ー30人、スケーター数十人(ノービス20人、ジュニア15人、シニアのエリート3ー4人)を考えているようである。他に理学療法士なども置き、そこでセミナーや教室の開けるアカデミーのようなものにする意向だ。Auxier元会長によると、ラファがこの2年間レイクウッドでやってきたようなことを拡大したいとのこと。

 

追記(12月7日)グレートパークのインスタもできていました

アルトゥニアンコーチの夢はコーチの育成

ラファは先日のTSL のインタビューで自分のコーチ哲学や今後の方向性をについて述べていた(注4)。それによると、今後はコーチの育成という夢を持っているようだ。TSLの詳細は今後本サイト海外メディアの翻訳のコーナーで掲載する予定だが、ここではラファがどんな夢を持っているかだけ簡単に述べる。

これまでのコーチ人生を振り返り、自分がワールドチャンピオンを複数人も輩出できるようなコーチになるとは思わなかったと語っている。欲しいものはすべて手に入れ、望んでいた以上のものを手に入れたとも。なので、これからやりたいのはコーチの育成で、そのためのアカデミーを新しいリンクで作りたいという心境になっているようだ。なぜ、そのように思ったかについては、10年前は自分自身もあまり良いコーチではなかったと述懐しながら、指導方法は今は全く違っているし、コーチのスキルは、物理/バイオメカニクス/身体(体型)の違いに加え柔軟にその生徒に合わせて異なるアプローチで教えることであるとし、今はコーチとしてのスキルも経験も十分に積んで、今後は自分の持っているスキルやノウハウを伝授することこそが生きる道であると考えたのではないだろうか。

「なんども見たことがあるが、誰かが生徒に何をすべきか言うんだが、それが間違っている場合があるのを見かける。だが、生徒はなんどもなんども試みる。残念だがうまくいかない。なぜなら両者ともどのようにやったらいいのかわかっていないからだ。それで行き詰ってしまう。やりたい事ができるようにするにはもっといいやり方があるんだけどね」と述べており、自分がもし正しいコーチングのやり方を教えられればという想いに至ったことは容易に想像できる。

 では、実際にコーチの育成はどういうやり方を考えていいるのだろうか。ラファはそのやり方について以下のように答えている。

コーチを招いて、そのコーチにスケーターを一緒に連れて来てもらいたい。僕はスケーターを教えるつもりは全くない。これは僕の考えだけなんだが、僕がコーチに生徒を教える方法を教える。その教え方とは、僕が僕の生徒を指導しているところをまず見てもらって、そのコーチにも指導に関わってもらう。僕のやり方を見てコーチにも自分のアイディアを言ってもらったりもする。その後、コーチは隣のリンクへ行って自分の生徒と実際うまくいくかどうか試してみる。僕を自分の生徒のところへ教えに行かせないでね。僕は他のコーチの生徒とやりたくないんだ。なぜなら、僕が他のコーチの生徒を教えると緊張が生じるから。そのコーチが生徒に何か教えている時に僕が現れて偉そうに「そう言う風にするんじゃなくて、こう言う風にするんだよ!」と言うと、その生徒はどう思うだろう」

ネイサンにトリプルアクセルを指導するラファ。最後のガッツポーズがいい。

 

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つまり、ラファはコーチを指導するときに、まず、やり方を見せて(ラファがラファの生徒にやっている様子を)、一緒にやってみて(ラファの生徒に)、話し合ってやり方を検討し、納得した方法で今度はそのコーチに自分の生徒を指導してもらう。ここでは出てこないが、恐らくその後どうだったかをコーチがラファに報告し、修正するという流れではないだろうか。やってみて、やらせてみて、結果を見て修正。そしてまたやらせてみる。非常に理に適ったやり方だ。

それを最近実践していたのが、コーチも帯同してレイクウッドで練習をしていたロシアのコリャダ選手ではないだろうか。また、チェコのトマシュ・ベルネルが自分の生徒を連れてレイクウッドに滞在していたのも記憶に新しい。

チェコはミハル・ブレジナ選手がラファの教え子であることもあり、6月にはラファがチェコに教えに行っていた。チェコの連盟ともいい関係を築いているようだ。

ブレジナはコーチ修行中

そういう意味では、ラファは既にコーチを育成するという実践もやっている。その身近な例として、ラファによると最近はブレジナ選手にコーチ修行もさせているとのこと。ブレジナ選手も今春のミラノワールド終了後、日本の雑誌のインタビューに次のように語っており、夢に一歩ずつ近づいているようだ。

「(来期以降の現役続行に対して)..一年ごとに考えていこうかなと思っています。(略)今のところ僕はスケートを楽しんでいますし、できることすべてに挑戦しています。そして、それは良くなってきていると思う。ソチ五輪の後と違って、今は自分に疑問を感じていません。僕は時々、自分がやっていることに疑問を感じてナーバスになっていることがありました。でも今は氷に乗れば何があろうといつもホームで練習しているようにベストを尽くすだけです。これはラフのおかげですね。(略)」。「(将来チェコに戻るのかと聞かれて)アメリカにいると思います。(略)僕はアメリカに残り、ラフのアシスタントとしてやっていきたいですね。そこでチェコスケーターのために何かできればとも思っています」(注5)

また、別の雑誌でも「(ミラノワールドの演技に対して)略…やっと2年前からやってきたことが表面に現れたと思っている。ラファエル(アルトゥニアンコーチ)も、誰でも変身する方法はあると励ましてくれた。ぼくはまだ終わっていないよ。まだ戦えると証明できた。ぼくはラファエルを父親のように尊敬している。(略)ぼくが辞めたら、チェコ選手は予選から這い上がることになる。チェコはペトル・ヴァルナやオンドレイ・ネペラを生んだ伝統国なのだけど。後進を助けたいと思っている。現役もあと1年は確実に続けるし、その後は状況を見るよ」。(注6)

「誰でも変身する方法はある」なんて素敵な言葉だろうか。これからブレジナ選手が現役選手としてもう一花咲かせ、やり切って納得して引退した後にラファのアシスタントとなり、コーチとして大成することを心から楽しみにしているし、応援したい気持ちでいっぱいになった。

そして、ラファが教えたコーチたちが正しいやり方で素晴らしい選手を育成していくのが近い将来見れると思うと楽しみで仕方がない。

ブレジナ選手は本田太一選手の憧れの選手としても有名。4Sや3Aを教えてもらっているかもしれませんね。

おわりにー

最後に、今回のTSLのインタビューでもそうだが、筆者がラファに感銘を受けるのは、ノウハウを隠さずに全て惜しみなく公開してスケート界のために役立てて欲しいと思っているところだ。例えば、コリャダ選手は今後ネイサンの最大のライバルの一人とみなされている。本来ならその選手を教えたり、手の内を見せたりはしないのではないだろうか。また、同じリンクの選手同士も実際はライバル同士でありながら、生徒同士が教え合うという素晴らしい風潮があるのもチームラファの特長でもある。こういうところにラファの人間性や大らかさを感じるし、恐らく練習中は厳しいのだろうが、きっと大きな愛情を感じているからこそリッポン選手、ブレジナ選手、そしてネイサンも第二の父と呼んでいるのだろう。(写真は昨年60歳の誕生日を迎えたラファのお祝いの様子)

新しいリンクでのラファエルコーチの夢に向かっての更なる飛躍とチームラファの今後の活躍を願って止まない。

 

***アーバインの新リンクについてですが、あくまでも米スケート連盟のトレセンであり、今後今のレイクウッドとどう使い分けるのかの記述は見つけることができませんでした。ラファの考えるアカデミーと、連盟のノービス、ジュニアを中心とした育成方針ともどうリンクするのか今のところ詳しい記事やインタビューは探せていません。今回は取り急ぎ、現状どのようなリンクなのか、なぜ、第二のトレセンやラファの力が必要となったのか、ラファ自身のコーチ育成の考え方やチェコのミハル・ブレジナ選手の夢とのリンクなどを中心に書きました。また、いろいろわかり次第付け加えていきたいと思います。

(追記)2018年12月7日
12月7日にUS連盟のサイトにLynn Rutherford記者の記事が出て、それによるとワールド終了後の4月に拠点をレイクウッドからアーバインに移すことが語られています。

NCJPで翻訳していますので合わせてどうぞ

【脚注および参考資料】

(注1)

 (注2)

 

(注4)

TSL's Interview with Rafael Arutyunyan 2018

(注5)山本夢子(2018)「ミハル・ブレジナーどうしても『鼓動』を日本で滑りたかった」、『フィギュアスケートLife』、Vol.14、pp.44-45、扶桑社。

(注6)ワールド・フィギュアスケート編集部(2018)、「ミハル・ブレジナーチェコの後進を助けたい」、『ワールド・フィギュアスケート』、No.82、p.32、新書館。