ソルトレイク・バレエウェストの取材記事

ソルトレイク・バレエウェストの取材記事

ネイサン・チェンはバレエ・ウエストでどのように基礎を築いたのか

 

バレエ・ウエストのパーク・シティー・アカデミー校長キャティ・スナール氏はこう語る。
「スケーターはどこからでも来るんです。彼らは皆『バレエクラスが必要なんだ!』と言いながら。バレエの価値は(以前とは違い)今はフィギュアスケートで認められているからでしょうね 」。

「なんて”最高に美しい”のでしょう!」。それは、彼女が以前教えていた生徒のうちのひとりであるネイサン・チェンを端的に表した言葉だ。

ソルトレイクシティで生まれ育った彼は、10歳のノービスで優勝した時に五輪にデビューするなら2018年だと語ったことがあり、今や2度目の防衛を果たした全米シニアチャンピオンである。しかし、ネイサンが氷上で有利となったのは、体操やホッケーでの経験ではなく、ソルトレイクの有名なバレエ・ウエスト・アカデミーで過ごした6年間だった。

スナール氏はネイサンの第一印象についてこう語る。「クラスや演技で犯す小さな間違いの修正にこだわる超人的な能力を備え、シャイで小柄でチャレンジ精神旺盛な若者でした」。

スケートと同じく、彼はいつも床から飛び上がり、スピンすることができた。1日目から、それは彼がオリンピックに向かう過程である”クワドキング”となるための、一歩のうちのひとつだった。

「彼の脚は180度ターンアウトしていました。足を外に開きお尻を締めると自然にバランスが取れる、トルク(ねじりの強さ)を持っていたんです。回転するには自然とそうなってしまうから。無理にではない。重力に抵抗しているのでもない、ネイサンはそれら全て(の能力)を持ってるし柔軟性が高いんです」。

バレエ・ウエスト元アカデミー・ディレクターのピーター・クリスティ氏は言う。
「彼は自分の身体をよく知っています」。

ネイサンの母であるヘティ・ウォンは、放課後になるとソルトレイクシティのダウンタウンに位置するバレエ・ウエストのスタジオに週5日はネイサンを連れていった。ネイサンは毎朝5〜6時にリンクへ行き、90分間の自主練習をした。スナール氏とクリスティ氏は彼が例外的だったと言う。「舞台裏で遊び回る子供は多いが、ネイサンは観察分析し、パフォーマンスを見、起こってる事に集中していました」。

彼の身体的なツールと細部への注意力のために、彼はどのように舞台を指揮するのか教えられる必要があった。作品の様々な配役が助けになったと彼の指導者達は言う。「『くるみ割り人形』のやんちゃなキャラのフリッツで、ネイサンは完璧に動きたがっていましたが、ネイサンの特徴を投影する様に指導しました。それがやがて氷上での実直さに繋がった。ステージの一番遠くの観客に届く様に演じなさいとネイサンに話したんです」時間がかかったが、今はスナール氏とクリスティ氏はスケートの試合で会場の一番上まで視線を配るネイサンに気がつく。ショーマンシップは有り余る才能の最後の部分である。

クリスティ氏は「投影する事(が大事)。ネイサンは凄く思慮深く頭で考えています。身体的に届けられないので会場の隅まで(届く様)大げさにしないと」。バレエ・ウエストのバレエマスターである故マーク・ゴールドウェバー氏がネイサンに360度回転するバレエスピンをするように言うとネイサンは完璧にした。更に2回転完璧にできるか聞くとネイサンは続けて「完璧にやりきった」と言うエピソードをクリスティ氏は思い出す。「ネイサンはやるのを恐れない、それは彼の為になる」。

ゴールドウェバー氏は空中でのネイサンの特別な能力を見せる為『眠れる森の美女』を用意した。ネイサンは7歳からバレエ・ウエストでバレエを初めたが、彼の様に優れた回転能力を短期間で習得したバレエダンサーはこのアカデミーには居なかった。

ネイサンはバレエ・ウエストでは毎年1〜2役を演じ、12歳で南カルフォルニアに移り住み、バレエ・ウエストを辞めるまでに5つの役を演じた。ネイサンを若いアカデミーダンサーとして覚えている男性ダンサーたちは、クリスティと他の人たちに彼がしたいなら、バレエに戻り、ビートを逃すことなくそれを拾うことができると話した。「彼ならいつでも何の問題もなくバレエに戻ってこれますよ」とスナール氏は言った。

 

A young Nathan Chen performs with Ballet West

The Salt Lake Tribune

By Christopher Kamrani

Published: February 7  

Updated: February 08, 2018